2006年02月18日

オブラート

『エゴイスト』の続きです。
困った時の志摩子さん頼りはもうやめなきゃな…と思いつつ今回も。
あともう一回…続きましょうか…それともここでやめるのがいいか…悩みどころです。


では、ドウゾ。



   †




なにもかもが、うわのそら。




バレンタインの日は、聖さまに会えなかった。
会いたくないって…云われてしまった。
チョコレートを渡したかったのに、聖さまは会いたくないって。
…それまでは全然普通に話していたのに、チョコレートを渡したいので少しでも会いたいと云ったら…会いたくない…って……




あれから、もう数日。
バレンタイン…ウァレンティーヌスと一年生の時に志摩子さんが云っていたっけ。
ホントはチョコレートとは無関係な日だとも云ってた。
祐巳だってそれは知ってる。
お菓子屋さんが作り上げた、女の子が頑張るための日。
聖さまは、ホントはそういうのが嫌なのかな?
昔の聖さまはそういう騒ぎがあまり好きではないそうだったし…あの日、お母さんのお使いの帰りにばったりと逢った時、お菓子屋さんのバレンタインコーナーの女の子を何処か遠くを見るように聖さまは見ていたから。

……それとも。
祐巳からのチョコレートは欲しくないのかな……


「…そういう事ではないと思うわ」
「ひゃあ!しっ、志摩子さんっ」

突然聞こえてきた声に振り返った。
ビックリした。
心臓が口から飛び出すかと思った。
だけど、どうして志摩子さんは祐巳が考えている事が解ったんだろう。
…もしかして、エスパー?

「祐巳さま、独り言を云いながら歩いていましたよ」

あ、だから解ったんだ…って、乃梨子ちゃんにまで聞かれていたんだ?
ていうか…

「一体どこから聞いて…?」
「チョコレートは欲しくないのかな、あたりです」

…全く、恥ずかしいったらない。

乃梨子ちゃんの横に立つ志摩子さんが心配そうな顔をしているのに気付いて、祐巳はポリポリと頬を掻いた。
志摩子さんは聖さまの妹だから…知られたくないなと思っていたのに。

「…お姉さま、元気が無かったの」
「え」

唐突な志摩子さんの言葉にまぬけた声が出てしまった。
そんな祐巳を気にせずに志摩子さんが何処か遠くを見ているような目をする。
…その表情が、あの日の聖さまの表情に重なる。
なんとなく、志摩子さんのそんな表情を見ていたくなくて祐巳は少し俯いた。

「元気が無かった…って」
「昨日、ばったり帰りのバスでお姉さまにあったの。私に気付いて手を振って下さったんだけど…うわのそらって感じで、何処か寂しそうだったの」
「…聖さまが?」
「ええ」

何か、あったんだろうか。
聖さまがそんな風になっているなんて…一体何故?
祐巳は側にいられなかったから、聖さまに何が起きたかなんて解らない。
側にいたって、何も出来ないかもしれないけれど…でも、それでも側にいられなかったのが悲しい。

「…祐巳さんは、どうしてお姉さまが祐巳さんのチョコが欲しくないって思ったのかしら?」
「あ…」

いつのまにか、真っ直ぐに祐巳を見ていた志摩子さんが云う。

どうして。
どうして…って…

「十三日に、聖さまに『お逢い出来ますか』って…『ほんの少しでもいいから』ってお伺いしたら…『逢いたくない』って、『バレンタインのチョコを手渡すためだけに逢いたくない』…そう云われたの」

やっとの事でそう云った。
なんだか、告げ口みたいで嫌だなって思ったけど…祐巳だけじゃどうしていいか解らなくなってしまっていたから。
聖さまはどうしてそんな風に云ったのか…解らなかった。
そしてどうして今、元気が無いのかも。

乃梨子ちゃんが何かを考えるように腕を組むと、「あの…」と呟いた。

「何?乃梨子」
「…おね…ううん、志摩子さんは、聖さまが祐巳さまを拒絶したと思ってる?」
「乃梨子は、どう思ったの?」
「私には、聖さまが祐巳さまを拒絶したようには思えないんですけど」

え?
祐巳は思わず乃梨子ちゃんをまじまじと見た。
だって…聖さまは祐巳に逢いたくないって…

「そうね…私も、乃梨子と同意見」
「志摩子さん…」
「お姉さまったら、祐巳さんに甘えてしまったのね」

志摩子さんは、そう云うとくすくすと笑った。
その笑顔はなんだかとても嬉しそうな笑顔で、祐巳は首をかしげてしまう。
そんな祐巳に志摩子さんは更に笑みを深めて「お姉さまは、本当に祐巳さんが好きなのね」と歌うように云った。
乃梨子ちゃんはちょっぴり呆れたように軽く溜息をつくと「ホントですね」と云う。

「…あの…?」

置いてきぼりの祐巳は聞くに聞けず、さっき自分が云った事からどうしてそういう考えになるのか頭を悩ませた。
頭の周りに『?』マークを飛ばしている祐巳に、乃梨子ちゃんがあっさりと呟いた。

「祐巳さま、聖さまはチョコを渡す時間だけじゃなく、祐巳さまと居たかったんじゃないですか?」

そう云って、また乃梨子ちゃんは溜息をついた。

「どうしてあの方はストレートにおっしゃらないんでしょうか」
「仕方が無いわ…お姉さまは照れ屋な方だから」
「だって私に志摩子さんのお兄さんの事を教えてくれた時だってまわりくどい云い方してくれたんですよ?」
「あら…そうなの?」
「なんていうか…薄いオブラートにでも覆われているみたいなんですよ」

何気ない会話をする、志摩子さんと乃梨子ちゃんを横目に…祐巳は自分が情けなくなってしまっていた。

どうして、聖さまの気持ちに気付けなかったのだろう。
誰かに教えられて気付くのでは…遅すぎる。
聖さまを、一人にしてしまった。
独りにしてしまった。


行かなくちゃ…そう思った。
聖さまのところへ。




20060218
posted by 松島深冬 at 02:27| ☁| Comment(2) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

エゴイスト

バレンタインSSラストです…が、これぱ前編みたいなものです。
ホントは一本にまとめるつもりだったんですが…分けて時間を置いた方が良いかと思いまして…
という事で続きはまた後ほど。

では、ドウゾ。



  †




わざわざチョコレートを渡す為だけに逢う事を約束するなんて……そんな事はしたくない。




『……っ』

携帯の向こうで祐巳ちゃんが絶句した。
そりゃ…そうだろう。
私はソファに仰向けに寝そべり、数日前に買ったチョコレート…ちょっと過剰なほど豪奢なバレンタイン仕様な包装のソレを目の前に掲げながら苦く笑う。

少し逢う時間が欲しいと…ほんの数分でもいいからと云ってきた祐巳ちゃんに、私は小気味良いくらいにあっさりとこう云った。

「悪いけど、バレンタインだからってチョコレートを手渡す為だけに逢いたくない」

私はそう云っていた。
祐巳ちゃんはどう受け取っただろう。
多分…いや、間違いなく良い意味に受け取っていないだろう。
それは承知の上で云った。

「…せ…さま…?」

震える声が私を呼んだ。
…ああ…なんてひどい事を私は云ってしまったんだろう。
震える声で、私の言葉が祐巳ちゃんを傷付けてしまった事が解る。
でも、それでも…云わずにいられなかった。

「…もう寝なきゃね、明日は山百合会のバレンタイン企画で忙しいんだから」

こんな事を云われたら、眠れないだろう。
それでもそう云う事でしか通話を断ち切る事が出来ない自分にひどく苛立つ。

「じゃあ、明日頑張ってね」

小さく『あっ』という声が聞こえた。
けれど、私はそれを振り切るように通話を切った。

待受画面に戻った携帯をぱたりと閉じて、それを軋むくらいに握りしめる。

解ってる。
どうしようもない、我が侭だって。
どうしようもない、独占欲だって。

でも…解っていても、そうせずにいられなくて。
解ってほしくて。
傷付けてしまうと解っていながら云ってしまっていた。

『今年もバレンタイン企画するんですよ』
楽しげに云っていた声が耳に残っている。
その後に、少し黙って。
そして意を決したように『明日…少しでもいいのでお逢い出来ますか?』と…緊張に少し震える声が云った。

申し訳ない気持ちが体中に満ちる。
ともすれば、震えそうになる体を私はゆっくりと抱きしめる。

たかがそんな事…そう云われるかもしれない。
でも、私にはとても重要で大事な事だったから。

ことん…と、祐巳ちゃんの嬉しそうな顔が見たいばかりに買ったチョコレートの箱が床に落ちた。


私の言葉に傷付いてしまっただろうか。
泣いてなど…いないだろうか。
私は…これをいつ手渡せるだろうか。

…祐巳ちゃんは…受け取ってくれるのだろうか……



20060214
posted by 松島深冬 at 09:35| 🌁| Comment(0) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

チョコレートひとかけらほどの

『ホンモノの。』の同時刻…というか少し前時間の聖さまです。
なんか、スイマセン…

ではドウゾ。





なんてコトないコト。
その、些細な何かに…どうにもならない淋しさを感じてしまっただけ。




「…バレンタインか」

お正月が終わるとすぐにバレンタインのディスプレイが出現し、綺麗にラッピングされたたくさんのチョコレートが所狭しと並びだす。

以前ならそんな情景やそれに群がる女の子たちを冷ややかに見つめるだけだった。
だけど、人間変われば変わるもの。
今ではその光景を微笑ましく見ている自分に気付いて苦く笑う。

友人やお世話になった人…そしてもちろん好きな人へと贈る為、一生懸命な女の子たちを賞賛こそすれ、見下すなんて言語道断、以っての外だ。
誰かの為に一生懸命になれる事が素敵な事だと気付いたばかりの頃の私には眩しいばかりだったけれど。

だからといって、その女の子たちの中に混じるなんて事は、やっぱり出来ないのだけれど。


甘いものが好きな子だから。

イイワケだと云われそうだけど、動機や理由なんて特に重要じゃない。

甘いものが好きな子だから、おいしいものを食べさせてあげたいって、思ったから。
ひとくち、口に入れておいしそうに嬉しそうに笑む顔が見たいから。
そんな些細な気持ちが、とある店の扉をくぐらせる。


…そういえば。
ふと高等部最後のバレンタインを思い出す。
山百合会のイベントなんてやって。
そのせいであの子は頑張り過ぎて空回り。
姉と仲違いして泣いてしまった。

あの古い温室でクンと袖を引く、とても控めな力。
そして私の腕を抱えるようにして呟かれた『どうしよう』。
私が卒業してしまう、と。
どうしよう、と呟くその表情。

…高鳴る胸に、戸惑った。
内心、動揺した。

けれど、彼女の心配は、姉と自分の行く末。
私が卒業した後の仲裁指南役。

…なんてことない。
当然な事だ。
あの子と親友の妹は姉妹なんだから、当然なんだから。

私の無心に応えてマーブルケーキをくれたのかと思ったら、実は違っていたのも、チョコレートをくれようとしたのに何故かそれを引っ込めてしまったのも、些細なコト。

こんなコトくらい、どうって事ない。


今の幸せに比べれば、とても些細なコト。
なのに…淋しくなってしまうのは何故だろう。


ふわりと、甘い薫りが鼻を掠める。
まるであの子みたいな甘い薫り。
自分についた薫りだろうか。
すれ違う女の子。
ちょうどあの子と同じくらいの身長で、某有名菓子店のバレンタイン仕様のペーパーバッグを手に私とすれ違っていく。
強まる甘い薫り。
その姿と薫りが、あの日ビスケットの扉を目指して階段を登っていく後ろ姿に重なる。

…些細なコト。
でもその『些細なコト』はちらつく雪がコートをかすめて落ちて行くように、どうにもならない寂しさを私に運んできた。


バッグの中には、甘い甘いチョコレート。
きっとあの子好みの甘さだろう。
微笑むあの子が目に浮かぶ。

それなのに…
今すぐ本物のあの子に逢いたいって思ってしまうのは何故だろう…
一欠けらのチョコレートが口の中でとろけるように、その笑顔で私の凍えた気持ちを甘く溶かしてほしい…そう願わずにいられなかった。




20060208
posted by 松島深冬 at 09:21| ☁| Comment(0) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月05日

ホンモノの。

久し振り過ぎて忘れてしまわれてませんか?
松島深冬です(笑)
またしても携帯打ち。
でも所要時間は1日ですよ今回は。

節分話…は出遅れたので、バレンタインに向けて話を展開させようかと思い、まず一本目を。

では、ドウゾ。



 †



名前というのは罪作りだと思う。
もちろん名前が悪いとかそんなのではなくて…でも驚かされたりしてしまうから。
…心臓の鼓動は、とても正直だから。



祐巳は、ちょっと離れた場所から聞こえた『島津』さんという名前に振り返った。
こんなところに由乃さんが居る訳がないって解っているのに、からだは反応して目はその姿を探してしまう。
そしてその『島津』さんが結構お年を召したおばあさんなのを知って、祐巳は苦く笑う。

「…だよね…ここにいるはず、ないもんね…」




知り合いや友達と同じ名前には反応してしまう。
でもそれ以上に反応するのは…やっぱり好きな人の名前。
しかもその苗字がよく聞く名前だったり日本国民に多い苗字だったりすると……もう大変。

祐巳のお姉さまの祥子さまは『小笠原グループ』のお嬢さまで、耳にする事も目にする事も多い名前。

…聖さまは。
そう、聖さまの苗字は……日本で一、二を争うほどの多さで、クラスに必ずと云っていいほど一人や二人いたりする『佐藤』さん。
幸いリリアンは苗字で呼ぶ習慣が無いからいいけれど…でも世の中にはたくさんの『佐藤』さんがいて。

ご近所のお家の表札が『佐藤』さんだったり。
お父さんやお母さんの知り合いに『佐藤』さんがいたり。
たまたま手にとった本の著者が『佐藤』さんだったり。
ドラマの俳優や女優…その役柄が『佐藤』さんだったり。

その他にもたくさんいる『佐藤』さん。
祐巳はその名が聞こえるたびにドキドキしてしまう。
苗字じゃなくて名前だったら…さらに大変だったっけ。
幸い、まだ一度くらいしか遭遇した事はないけれど、小さな女の子がお母さんに呼ばれた名前が『せい』ちゃんだった事があって、祐巳は思い切り振り返ってしまってそのお母さんを驚かせてしまった。


いつでも、祐巳の目は聖さまの姿を探しているみたい。
耳は聖さまの名前やその声を聞き逃すまいとしているみたいだ。

ううん、『みたい』なんてのじゃない…きっと。
今こんなところに居る訳がないって解っていても…その名前が耳に聞こえてきただけで心臓がドキドキしてしまう。
まるで祐巳の心臓と耳が糸電話のように一本の糸で繋がっているみたいに。


……以前、普段なら会う事が無いような場所で聖さまとバッタリと会った時があって。
その時、聖さまは驚いたように目を瞬いて…次にゆっくりと微笑んで「祐巳ちゃん」と呟いた。
その時の聖さまの笑顔が祐巳の心に焼き付いて離れない。
聖さまも、祐巳に会えて嬉しいと思ってくれたのかな…って思えてしまうような優しい微笑みが。

…聖さまも、こんな風に祐巳を探してくれたりするのかな。
聞こえた名前に振り返ってくれたり、するのかな。

祐巳だけだったら…少し淋しいけれど。



「はい、祐巳ちゃん。これがご注文の品物ね。新しいカタログ入れておくから、よろしく伝えてね」
「はい」

お母さんのお使いの品物を受け取って、それではとお店のドアを押す。
かららん、と軽いベルの音と一緒にドアが開いて冷たい外気が祐巳の頬に当たった。
外に足を踏み出した時、「あ、祐巳ちゃん祐巳ちゃん!」と引き止められて振り返る。

「これは祐巳ちゃんにあげるわ、使ってね」
「わ、有難う御座居ます!」

バスソルトやキューブ、ソープのセットを受け取って祐巳はペコリとお辞儀して今度こそ雪がちらつく寒い外に出た。
ドアを閉めると、ガラス窓の向こうに手を振る姿が見えて、祐巳も小さく手を振って、戴いた可愛いバスセットをバッグに仕舞う。
歩き出そうとした、その時。
ふわ…っと、暖かな空気を頬に感じて、祐巳は振り返った。

そこにいたのは、白いマフラーの聖さま。

「聖さま!」
「やっ、祐巳ちゃん」

びっくりした!
ホントにびっくりした。
いつもと全然違う場所で…逢う事なんてないだろうと思っていた場所で逢えるなんて。
連れ立って歩き出しながら、聖さまも近くのお店に御用があったと聞いた。

「でも、びっくりしたよ?祐巳ちゃんって聞こえたから振り返ったら、本物がいるんだもの」
「…え」

本物って…と呟くと、聖さまはちょっとだけ「しまった」と云うように目を泳がせて、苦く笑った。

「福沢やユミって結構いるんだよね…ついつい聞こえると振り返っちゃうんだよ。あとフクヤマとかもつい聞き違いで振り返ったり」

だから、本物。

そう云って祐巳を見る聖さまになんとも云いがたい物を感じて、祐巳はキュッとくちびるを結んで意を決して「私も…っ」と言葉を紡いだ。

「え?」
「私も、です…っ…振り返って、違って、がっかりしたり……だって…『佐藤』さん、多いし…っ」

なんとかそう云った時、『本物』の聖さまが祐巳の手を握った。

「振り返って、くれたんだ…?」

キュッと、握る手に込められた力に祐巳も返すように力を込めた。
聖さまの顔を見上げる事が出来なかったから。
顔を上げたら、溜まった涙が零れてしまいそうだったから……




20060205
posted by 松島深冬 at 13:25| | Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

今頃年明け一本目(しかも不発気味/涙)

徐々に調子を上げて行けたら良いのですが…これも携帯打ちで三日もかけてしまってなにやら悲しいです…短いのに…トホホ。

では、ドウゾ。








ふと目が覚めた時、目頭や下になっている目元や髪が濡れているのに気付く事がある。

「ああ…泣いていたんだな」

小さく笑いながら手の甲で残っている水分を拭った。

時計が表示する時間は真夜中…というより朝方。
でもカーテン越しの窓、その向こうはまだ闇が支配している。
私は小さく溜息をついて、暖かな布団に身を任せた。

…以前、栞が私の前から姿を消してしまったばかりの頃や、何かの拍子に栞を思い出した時の夜はこんな風に泣いている事があった。
大体は私の隣で微笑んでいた栞が煙のように消えてしまう夢や、最後の日に見たお聖堂の裏での栞が笑顔で手を振りながら私から遠ざかっていく夢を見た時が多かった。

どうしようもない、過去。
身動きが取れない自分。

夢に見たからと云ってもあの頃に戻る訳じゃなし。
何も出来ない事への絶望感に苛まれて涙するしかない自分が嫌で、最悪な気分に包まれた。

それが今では泣いている自分に小さく笑う事が出来る。
今の私が涙するのは栞ではなく、祐巳ちゃんの夢だったから。

笑っている祐巳ちゃん。
ちょっと怒っている祐巳ちゃん。
心配そうにこちらをうかがう祐巳ちゃん。

全てが私へ向けてられている感情。
それは自惚れだなって自分でも思うくらい。

もちろん、祐巳ちゃんが私の側から消える夢を見ない事はない。
不安に跳び起きた事だってある。

でも涙がこぼれている時に見ていた夢は…幸せな夢ばかり。
笑ってくれている祐巳ちゃんに涙が流れ落ちた。

悲しさや怒りだけではなく、幸せにこぼれる涙がある事を私に教えてくれたのは栞だったけれど…優しさと切なさと愛しい気持ちに溢れる涙を教えてくれたのは、祐巳ちゃんだったから。


「…せ、さま?」

もぞ、と動いたかと思うとホヤンとした声で私を呼ぶ祐巳ちゃんに、私は思考を切り換える。

「まだ早いから、眠っていいよ」
「…は、い…」

そっと頭を撫でると素直に目を閉じる祐巳ちゃんに、手が震えてしまいそうになるくらい胸が高鳴った。

祐巳ちゃんがお泊りに来るようになって数回。
同じベッドで眠るようになって…拷問かと思うような幸せな時間を過ごすようになってから、私は祐巳ちゃんを夢に見る事が増えた気がした。
…でも。
その夢が私にブレーキをかけているのも解っていた。

触れる事で…一歩先に進む事で、怖がらせるんじゃないか?
笑顔を消してしまう事にはならないか?
夢を見た朝はそう考えた。

そして必ず『大切なものが出来たら、自分から一歩引きなさい』というお姉さまの最後のアドバイスが頭にこだました。

大切だから、愛しいから、だから。
壊したくないから、汚したくないから、だから。
夢は、私にブレーキをかける。

この優しさを失いたくなくて。
この愛しさを失いたくなくて。

それでも…いつか来る『その時』に胸が高鳴る。

失いたくない。
けれど奪いたい。

相反する気持ちを抱えながら目を覚ませば儚く消える夢に涙する私を、隣で安らかに寝息を立てる君が知る日が来ない事を強く願った。





20060117
posted by 松島深冬 at 10:59| ☁| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

目の前にある『いつか』


「…出来るのかな」


ポロリとこぼれ落ちた。

つい落としたっていう感じの私の呟きを、隣を歩く親友が聞き逃してくれるはずもなく、案の定「何が?」と聞き返してきた。
思わず私は、苦笑いしながら落ちてなどいない鞄を肩にかけ直す。

「いや…祐巳ちゃんと由乃ちゃんに話した時にね、ちょっと考えたんだな」

あえて『何』を話した時の事かは伏せた。
云わずとも蓉子なら解るだろうと思ったから。

「あんな風に…栞の事を話せるようになるなんて、正直思ってなかったんだ。なのに、いつの間にかあんなに穏やかな気持ちで『あの時』を話せてる自分がいてさ…なんだか信じられなくてね」

祐巳ちゃんと由乃ちゃんに云ったように、あの頃の私は栞さえいてくれたらよかった。
栞以外、いらない。
血の繋がりのある人たちなんかよりずっとずっと大切で、欲していた。
蓉子の忠告すら、耳に入らないくらい盲目的に。

それなのに…共にここから離れようと約束したはずなのに、待ち合わせ場所に現れたのは栞の手紙を持ったお姉さま。
栞は消え、その紙片だけが私の元に残った…それが去年の今日。

こうして離れて一年が経つ。
たった一年。
されど一年。
由乃ちゃんに「会いたいですか?」と聞かれた時、とっさにざわついた心に、出会えばまた栞を欲してしまうかもしれない自分を感じていた。

今また栞を前にしたら…心に灯っている小さな火が『栞』という風に煽られて燃え上がるに違いない…
だから私は「会わない方がいいから」と口にした。

…否。
上手に吹き付けられた風なら勢いを増す火も、たたき付けるような風なら一瞬で消されてしまう。

もし、栞が私の前に姿を表す時が来たなら…その時はあの手帳をちぎって書かれた別離の言葉を、その唇から発せられる時なのかもしれない。

その時、私は耐えられるのだろうか…?
立っていられるのだろうか…?

月日はあの時の私の傷を癒していく。
あの子たちに話していてそれは解った。
だけど今…再び傷を受けた時…私は立ち上がる事が出来るのだろうか…?

……もし、その時。
あの時のような熱を誰かに感じる事が出来ていたなら…穏やかな気持ちで栞に向き合い、穏やかな思いで全てを受け止められるかもしれない。
笑って栞と向き合えるだろうと思う。

……だけど。
私はあの頃のように人を愛する事が出来るのだろうか?
身も心も全て捧げたい…身も心も全て欲しいと思えるほどの人に出会えるのだろうか?

私に…再び誰かを愛する事が出来るのだろうか…?



「…聖?どうかした?」

蓉子が覗き込んでいて、私はいつの間にか立ち止まっていた事に気付いた。
ゴメン、と苦く笑いながら私は歩みを再開させる。

終業式だった上、薔薇の館でクリスマスパーティーをしていたから、銀杏並木に生徒の影はほとんど見えない。
少し離れた後方で江利子が由乃ちゃんと令をはさんで口頭バトルを繰り広げながら歩いている。
前方にはさっき一足先にマリア様の前でお祈りをした志摩子と祐巳ちゃん、そして祥子の後ろ姿。

…ちょうど去年のこの時間は、栞との待ち合わせ場所に向かっていたか、もう駅構内のベンチに座っていた頃。
でも今日のパーティーの間、私は去年の事を思い出さずに笑う事が出来た。
それが傷の癒えている証拠なんだろうか?

「…確かに…私も貴方があの子たちに話すとは思えなかったわ」

蓉子が風に靡く三人の髪を見ているかのように、真っ直ぐ前を向いたまま口を開いた。

「でも、自らの口から大事な仲間になった後輩に過去の貴方を告げられるくらいには、貴方が『今』をきちんと生きているのは解るわ」

大切な仲間に。
私もそれをあの子たちに云った。
大切な人たちにだけ解ってもらえればいいんだと。

「見えない傷は、どれだけ深いかも見えないし、どれだけ癒えているのかも解らないものだから。…でも、貴方が『仲間』と思ってくれるくらいに…私たちを大切だと思ってくれるくらい癒えているんじゃない?」

昔の貴方は両刃の剣だったから…

苦笑しながら、それでいて悪戯っ子のような目を私に向けて蓉子が云った。

「出来るわよ。聖が私たちを大切だと思ってくれるなら。聖が守りたいって思える人が…聖を守りたいって思う人が…いつか」




§




「あっ」

急に聞こえた声にハッとしたように目を上げた。

「白薔薇さま!」
「あれ、祐巳ちゃん…どしたの?」

蓉子と別れてから、時間が少し合わなくてヒマ潰しにふらりと入った駅ビルの、クリスマスのきらびやかな雰囲気にうんざりして出ようとした私に、祐巳ちゃんが小走りに近付いてきた。

「どうしたの?お買い物?」

周りを見回しても志摩子や祥子はいない。

「お会い出来てよかったです!思い立ったのはいいとして、どうしようかと…」

ホッとしたような祐巳ちゃんの顔に首を傾げる。
なんだなんだ?
一体どうした?

「これを…」

これ、と差し出されたのはプレゼント用の金色のシールのついた白い小さな袋。

「え?私に?」
「はい、白薔薇さま、明日お誕生日ですから…」
「…え」
「買った後で今日が終業式だった事を思い出したんで…会えてよかったですっ」


満面の笑顔。
その笑顔に、胸の奥がふんわりと暖かくなったのを感じながら、私は「ありがとう祐巳ちゃーん」とじゃれつくように祐巳ちゃんを抱きしめる。

怪獣の子供の鳴き声を聞きながら、胸に小さく高鳴る鼓動を感じる。

驚いたからだろうか?と思いつつ、私は先程の蓉子の「出来るわよ」という言葉を何故か妙に意識していた。


――出来るわよ。聖が私たちを大切だと思ってくれるなら。聖が守りたいって思える人が…聖を守りたいって思う人が…いつか




20051225
posted by 松島深冬 at 08:38| ☁| Comment(0) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

紅い頬と真白な吐息

久々過ぎて何がなにやら…かもしれませんが、「白い炎と小さな手」のその後です。
ちょっとラヴい感じにしたかったんですけど…(苦笑)

では、ドウゾ


sss
posted by 松島深冬 at 02:39| ☁| Comment(3) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月16日

白い炎と小さな手

以前『白い心と小さな火』という話を書きました。
対ではないけれど、まったく関係がなくもない…そんな話です。

では、ドウゾ。









ぬけるような青い空は、何処までも高い。

秋風が、私より少し小さい手から体温を奪っていく。

「…寒いね」

私の呟きに、寒いですね、と返してくる。
小さな手を取って、以前妹にしたようにジャケットのポケットに手を入れる。
彼女は驚いたようにふたつに分けている髪の先を揺らしてこちらを見た。

「手、冷たいよ」

ニッと笑って見せる。

…少し強張ってしまっている頬に、君は気付いただろうか。



この冬へと向かう季節を、私はあまり好きではない。
多分…高校二年の時に体験した別れも影響を与えている。
それを否定する気はない。
実際、あの別れはまるで身を切られるような…やっと背中に生えて来た翼をむしり取られるような、痛みを伴うものだったから。

あの痛みは、出来れば知りたくない痛みではあったけれど、でも今の私には必要な痛みだっただろうと思っている。
知らなければ、きっと未だに私は、あの息苦しく生き難い世界の中に居たに違いない。
自然に溶け込み、還る事だけを望み続けていたに違いない。

…そう。
まるで鏡に映す自分のような妹に出会う事も無かったかもしれない。
そして今は私の隣にいてくれる…ツインテールを揺らしながら歩くこの子に出会う事も無かったかもしれない。


…だけど。
それを解ってはいても、私の心はあの日の胸の痛みを思い出す。

出会えた事を神に感謝した…白い少女。

あの頃のような熱く燃えるような気持ちはもう感じない。
けれど、でも温かい想いを痛みと共に今は感じる。
きっと今もあの頃と変わらず神に祈りを捧げているだろう、彼女に。





誰も居ないバス停にたどり着いた時。
キュッ、と温かな力が腕に伝わってきた。
目下には、ほんの少しだけ痛みを含んだ目を伏せた表情。
思わずドキリとする。

…いつから、こんな表情をするようになった?

私の側で、少しずつ大人の表情を見せ始めている祐巳ちゃんに沸き上がる、熱く激しい想い。
どうしようもない、愛おしさ。
あの頃栞に感じていた想いよりも激しく、それでいて静かな想い。

…炎は赤く激しいものよりも青白いものや白いもののほうが温度が高い。
今の私の中の祐巳ちゃんへの想いは、まるでその白い炎のようなもの。

今ここが路上じゃなかったら、きっとその小さな体を軋む程に抱きしめて、深くくちづけていただろう。


「祐巳ちゃん…」

名を呼ぶと、ハッとしたように腕から離れようとした。
それを空いていた右腕を祐巳ちゃんに回し、逆に小さな体を包むようにする。
きっと、私に何かを察して淋しくさせてしまったのだろう…そう自惚れながら。

「…聖さま?」
「私の部屋に寄っていかない?…ううん…私の部屋に、来て」


私は、どんな顔をしているんだろう。

少し驚いたように見上げていた目をそっと伏せると、コクリと頷いた。

私は聞こえてきた走ってくるバスの音に体を離す。
けれどポケットの中の手を握る力は逆に強めた。

…今の私には、君しか見えなくなっているんだ。




20051116

posted by 松島深冬 at 09:10| ☁| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

キモチモンダイ

…難しい題材で書いてしまいました…
こういう考え方もあるんだなって感じで読んでみて戴けると嬉しいです。
答えなんかありませんから。ホントに。

では、それを踏まえた上で、ドウゾ。











なんとなく、困惑してしまった。
そんな事、考えた事も感じた事も無かったから…




「あれ…?」

…銀杏並木を歩く後ろ姿に、祐巳はマリアさまに手を合わす時間をいつもよりほんの少し早目に切り上げて後を追った。

「瞳子ちゃん!」

結構歩く速度が速くて、祐巳は小走り気味でようやく追い付いて声をかけた。
一度見たら忘れないだろう見事な縦ロールを揺らしながら振り返ると瞳子ちゃんは「祐巳さま」と小さく驚いたように呟いた。

「歩くの結構速いね瞳子ちゃん。今日は演劇部はお休み?」

そう聞くと、ちょっぴり微笑むように表情を緩めて瞳子ちゃんが「ええ」と頷く。
前ならこんな風に微笑んでくれる事はほとんど無かったから、進歩かなぁ…なんて思う。

「祐巳さまこそ、山百合会の方は」
「うん、今日は会議も急ぎの仕事も無いんだ。でも珍しいね、瞳子ちゃんひとりなんだ?」

そう云うと、瞳子ちゃんは少しだけ浮かんでいた笑みを消してしまった。
何かおかしな事や気に障るような事を云ってしまったんだろうか…と祐巳は自分の云った事を考える。

……あ。
ふっ、と祐巳はあの茶話会の事を思い出した。
申込用紙の裏に書かれた瞳子ちゃんを名指しした、反対票。
あれは投書というか密告文というか…
その時、乃梨子ちゃんが『クラスの雰囲気がおかしい』と云っていた事なんかも。

もしかして……そう思った時、瞳子ちゃんがフッと笑みをもらした。

「相変わらずですわね、祐巳さま」

しまった、何か顔に出てしまったんだろうか。
何をどう云っていいものやら…と考えを巡らせていたら瞳子ちゃんが歩く速度を少しだけゆるめた。

「…言い訳をするって、どういう気持ちからするのでしょうね」
「え?」

祐巳を見ずに空を仰ぎながら云う。
そんな瞳子ちゃんに祐巳は何を云っていいか解らないまま、ただ見つめるしか出来ない。
…もしかして、今祐巳が瞳子ちゃんにしようとしていたのも、言い訳なんだろうか…

「ただ、自分の正当性を知らしめたいからでしょうか。それとも自己満足な懺悔のつもりなんでしょうか。もし懺悔なら云った方はそれで楽になるかも知れませんけど…」

聞いた方は、不快でしかないかもしれませんわよね…

そう云って、瞳子ちゃんは空から視線を下ろして真っ直ぐ前を見た。
とても口調は静かなのに…祐巳は瞳子ちゃんが怒っているような気がした。



それから、瞳子ちゃんはそれ以上は何も云わなくて。
祐巳も、何を云っていいか解らないままで。
なんとなく、瞳子ちゃんの言葉は祐巳にも当てはまるような気がして…簡単に何か云っていいのかも解らない。

そして瞳子ちゃんは表門の近付くに来ていたお迎えの車に乗り込むと「それでは祐巳さま、ごきげんよう」とあっさりと行ってしまった。

車に乗り込んだ瞳子ちゃんの表情は特に曇っている訳でもなく、結構普通にしているようだったけれど……なんだか祐巳の中には、まるで喉に引っ掛かった魚の小骨のように妙に気に掛かったままだった。



     †



程よく混んだM駅へ向かうバスの中、吊り革に掛けた右手に温かい手が重なってきた。
ハッとしたようにそちらを見ると聖さまが祐巳の顔を覗き込むようにしていて、思わず「ひゃあっ」とおかしな声を上げてしまった。

いつから観察していたのか、そんな祐巳に何も云わずに間もなく到着したバス停からM駅構内へ連れて行かれて有無を云わせずベンチに座らされて「さぁて、心の中のもの、ブチまけてみようか?」なんて優しく云われちゃって。
思わず祐巳は抵抗なく「言い訳って何故するんだと思いますか?」と聞いてしまっていた。


「…なるほど。だーから祐巳ちゃんは百面相してたって訳だ」

ふむふむ、と腕を組んで頷くと、聖さまが祐巳の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。

「それを云ったのは、電動ドリルちゃん?」
「…いったいいつから見ていたんですか」

頭に置いていた手が、今度はリボンを弄んでいて、祐巳はリボンが解けないか気になりながらそう聞いた。
「いや、遠目で祐巳ちゃんとドリルちゃんが一緒に歩いているのが見えただけだよ」

…本当に何処から見てたんだろう。
後ろから見ていたとしても、どうして祐巳と瞳子ちゃんだと解ったのかが知りたいような知りたくないような…

「でも…『何故言い訳するか』…か。人それぞれいろいろ理由はあるだろうけど、大体は誤解を解きたいか…自分の正当性を訴えたい…って感じかな」
「瞳子ちゃんは『自己満足な懺悔』と…」
「…ふぅん?」

懺悔、ねぇ…と聖さまが呟いた。
懺悔…確かその意味は『過ちに気付いて告白する事』…だったと思う。
あの茶話会の事で瞳子ちゃんに誰かが謝ったって事なんだろうか…?
いや、もしかすると祐巳には全く解らない事なのかもしれないけれど。

「懺悔は自分の罪を告白する事だけど…まあ『罪』なんて重々しいものでは無いだろうけど…でもドリルちゃんはその懺悔に『自己満足』ってつけてる…で、祐巳ちゃんはそれに引っ掛かったのかな?」
「はぁ…そんな感じです」
多分。
何処に引っ掛かっているのかはよく解らなかったけど。
ただ、祐巳も誰かにそんな風に思わせたりした事があったんだろうか、なんて事も考えていたから。

「そうだなぁ…まず、これは私の考えだから、ドリルちゃんがそう考えてるって事ではないかもしれないって事は覚えててね?」
「はい」

聖さまはもう一度ポン、と祐巳の頭に手を置くと立ち上がり、すぐ側にあるカップドリンクの自販機の前に立って「ミルクティーでいいね?」と云ってボタンを押した。
ご自分はブラックのコーヒーのボタンを。

「例えば…祐巳ちゃんのお友達…いや、ちょっと親しいクラスメイトの方がいいかな…その子が祐巳ちゃんの事を誰かと噂…この場合全く見当違いの良くない噂ね?それをしたとして」

ミルクティーの入った紙コップを手渡してくれながら聖さまが祐巳の隣に座る。
戴きます、と云ってコップに口をつけると…ほんのり甘くて温かいミルクティーが体に滲みていく。

「で…その子は、それは間違いだったと思って祐巳ちゃんにその事を全部話して謝ってきたとする。祐巳ちゃんはその謝ってきた子の事をどう感じる?」

両手で包むようにコーヒーのカップを持って聖さまは祐巳に答えを促した。

「…ちょっとどう感じるか、正直よく解らないです。そりゃ少し嫌な気持ちになるとは思います…でも…謝ってくれたなら…」

聖さまが祐巳の答えに目を細める。
なんとなく困惑してきてしまう。
そんな事、考えた事も感じた事も無かったから…
だから聖さまの反応が良い意味なのか、良くない意味なのかも…解らない。

「…私はその子の自己満足でしかないと思う」
「…え」
「…じゃあ…これならどう思うかな…自惚れかなって思うけどね…」

苦く笑うと聖さまはコーヒーを飲み干してクシャリと紙コップを握り潰した。

「もし……私が…祐巳ちゃん以外の子と仲良くして…デートとかして…手を繋いで歩いたり…キス、とかしたとか……それを祐巳ちゃんに云って、そんな事をしちゃってごめんね、なんて云ったとしたら…?」

聖さまの目が真っ直ぐに祐巳を見ている。
まるで祐巳の反応を見るように。

ドキリとした。

聖さまが、誰かと……?
そんなのは、嫌だ。
そんな話は聞きたくないし、知りたくない。
謝られたって…悲しい気持ちは消えないに違いない。
嫌だ。
凄く、嫌。
例え話なのに、祐巳は聖さまの顔を見るのが辛くなってきてしまう。

すると聖さまの手が祐巳の手をキュッと握りしめてきた。

「…ごめん、おかしな例え話して……試すみたいな事云って」

温かな手に、ほんの少し強張りかけた気持ちが解れていく。
…多分また顔に出てしまったんだ。
祐巳を最初に百面相だって云ったのは聖さま本人だし。

「いえ…でも、解った気がします…」

知らない所で起きた、知らない事を突然知らされて、謝られて…許す許さないって事より、その時はきっと悲しくて淋しくなると思う。

「…人ってさ…知らなきゃいけない事って確かにあると思うよ。もちろん云わなきゃいけない事だってね。でも知らなくていい事や、逆にその事を告げる事で傷付ける事もある。最初の例え話なら、噂話をして罪悪感を感じて謝ったなら、自分は告げる事で楽になるかもしれない。だけど、相手を傷付ける事になる。知らせなくてもいい事をわざわざ知らせてしまうんだから」

勝手に噂話をして勝手に感じた罪悪感なら、戒めの為にも心にしまって置けばいい…聖さまはそう付け加えた。

瞳子ちゃんも、こういう意味で云ったのかもしれない…なんて祐巳は思っていた。
聖さまは、ご自分の考えで瞳子ちゃんのではないと云ったけれど…とてもしっくりとハマる気がした。

「…でも…」
「でも?」
「聖さまの云う通り、自己満足かもしれません…でもそれを告げる事も、とても辛い事だってあるかもしれませんよ…?」

例え話…仮説でも、それを云う聖さまは、とても辛いように見えたから。

「もしかしたら許してもらえないかもしれない、とても怒らせてしまうかも…って」
「まぁね。でもそれを覚悟の上で云うんじゃなくて『私は謝ったんだから許されて当然』なんて考える子だっているかもしれないよ?…それに、そんな風に許されないかもしれないなんて覚悟が出来るような子なら、最初からそんな事云わないんじゃないかな」

ぴしゃりとした聖さまの言葉に祐巳は自分の考え方は甘いんだろうかと思う。
それと同時に…由乃さんや志摩子さんなら、絶対にそんな事はしないとも思えた。
いけない所があったら、『それは良くない』と直接云ってくれるだろうから。
祐巳の事を親身になって考えてくれるから。

「これは私の偏見かもしれない…けど、そんな風に謝ってくる人間ならそう考えている事が多いんじゃないかと思うんだ。相手がそれを聞いてどう思うか予測も出来ないって事なんだし。云う事によっての自己満足と、謝る事での自己弁護…いや、擁護かな」

…なんだか、祐巳にはよく解らない。
どうして聖さまはそこまで考えてしまうのかと思う。
でももし…瞳子ちゃんがお友達やクラスメイトから云われて、謝られたなら…
さっきの、不快だって云っていた瞳子ちゃんを思い返す。
きっと悲しくて、淋しかったんじゃないだろうか。
仲が良ければ尚更。
そしてもしあの茶話会の時の事なら…

「……あっ」

祐巳はハッとした。
瞳子ちゃんが祐巳に『相変わらず』と云った意味に今頃になって気付いた。
あの時祐巳が考えていたのは茶話会の申込書の裏に書かれた瞳子ちゃんへの反対票の事。
その事を瞳子ちゃんは知らず、別の事を云っていたのかもしれない。
でも瞳子ちゃんにとって良い事じゃない事を、祐巳が知っているって事は表情から読み取られたって事になる。

それは言外に、瞳子ちゃんについて何かあった事を瞳子ちゃん本人に知らされてしまった、という事。
そう考えて、なんとも云えない気持ちが祐巳を包んだ。
…今ほど、百面相な自分が恨めしく思った事は無いかもしれない。

「祐巳ちゃん」

聖さまの手が…肩に回されてほんの少しだけ引き寄せられた。
そして、コツンと頭がぶつかる。

「自分が誰かを傷付けているかもしれないと気付ける事も、大切な事なんだと私は思う。気付けなきゃ、知らずに誰かを傷付けてるかもしれない可能性にすら気付かないって事だから」
「聖さま…」
「自分が考えている事がそのまま相手に伝わらない事もある。歪んで伝わってしまう事もある。自分で知らずに歪めてしまっている事だってある。傷付けるつもりじゃなくても、傷付けてしまう事だってね」

まるで何があったかお見通しかのように云う聖さまに、ほんの少し…本当にほんの少しだけ泣きそうになった。
厳しいけど、優しい…祐巳は聖さまにまた大事な事を教わった。
大事な…とても大事な気持ち。

「自分は誰も傷付けない、傷付けた事なんか無いなんて考える事は…傲慢な考えだと思う」

自分を守る為に誰かを傷付けてしまう事は…嫌だと思う。
でも自分で気付かずに誰かを傷付けている事もあるかもしれない。

…瞳子ちゃんに何も云わない。
ううん、云えない…
祐巳が瞳子ちゃんへの中傷の事を知っている事を、瞳子ちゃんは知っているかもしれないけれど。
気付いているかもしれないけれど。
だって、あの子はとても繊細な子だから。

だから…祐巳は祐巳なりに瞳子ちゃんに近付いてみよう。
聖さまに教わった事を無駄にはしない。

そして…

祐巳はキュッ、と聖さまの腕にしがみつく。
大事な事にいつも気付かせてくれる、祐巳の大事な人。

「…祐巳ちゃん?」

小さく呟いた「有難う御座居ます」に不思議そうに祐巳の名を呼ぶ聖さまに、キスしたいな、なんて考えた事は…今は云わなくて良い事に違いない。
いつか…いつか、何も云わずに祐巳から近付いて行ってみよう…そんな事を考えながら聖さまの腕に頬を寄せた。



20051027〜20051105

posted by 松島深冬 at 08:42| ☔| Comment(6) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

触れない指先(35題)

久々の『恋かもしれない35題』から。

では、ドウゾ。








触れてこない。

君は、私に触れてこない。
この手に、この腕に…




触れてこようと、手を伸ばしかけているのを知っている。
けれどいつも、その指が触れる寸前に、諦めるように引かれてしまう。

そう、いつも。

私からは後ろから抱き着いたり手を取ったり…時にはその頬に唇を掠めたり。
だけど…

何故君は触れてこない。
何故、触れてこない。

想いは通じたはずなのに。
その手は私の手を取ってくれたはずなのに。

一歩後ろを歩く君。
足元に伸びている君の影。
揺れるツインテール。
その影すら、ほんの少し私から離れている。

「ねぇ、祐巳ちゃん」
「…はい」
「後ろじゃなく、隣に並んで歩こうよ」

影に向かって話し掛ける。
さっきから、伸ばしかけては下ろされる手、その指先。
きっと、きっかけが欲しいに違いない…そう思うのは自惚れなんだろうか。

いつも諦めてしまう君。
何故いつも君からは触れてこない?

その手を、私は欲しいのに。

……自信なんて、簡単に無くなってしまうもの。
だから、君の手が欲しい。

私を、好き?
君は、私を好き?

振り返って、その手を取って、指先に唇を寄せて聞きたくなる。





…君が、また私にその手を、指先を伸ばしてきた。

私は、ほんの少し歩調を緩める。
確信犯と云われるかもしれない。

だってホラ。
君の手が…指先が、やっと私の腕に触れた。
けれど……
びっくりしたように手が離れる。

ああ、やっぱりダメか…

苦く笑う。
押し寄せる淋しさは、北風のせいにでもしようか。

その時…おずおずと君の指先が私の指に触れた。



20051021

posted by 松島深冬 at 11:07| 🌁| Comment(6) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

射程距離と心拍数3

これで一応のおしまい。
…すいません、不発ですな…










そりゃ勿論、大丈夫だって思っていたけれど。


「まぁ!白薔薇さまがいらっしゃるの?そうだ、この間戴いた良いお茶の封切っちゃおうかしらー」

語尾に♪マークが見える気がした。
まるで昔に戻ったかのようなお母さんにちょっと引いてしまう。
リリアンの卒業生で、薔薇さまに憧れていた一般生徒だったとは云え…このお母さんの状態はどうなんだろう。

「あのね、お母さん…きっと聖さま、家には入らないと思うよ…?」
「あら…そうなの?でもちょっとくらい…」

お母さん…そんなに聖さまに逢いたいんですか?






「そんなに歓迎されちゃうとはね」

聖さまはハンドルに手を掛けたままクスクス笑っている。

祐巳は部屋の窓から車のライトが近付くの確認して、上着を引っ掛けて部屋を出ると音を立てないように階段を下りて玄関へ出た。
だけど、ライトだけで部屋を出て、もし違う車だったらどうするんだって事は全く考えなくて。
でも、玄関から顔を出した時に家の前にあの黄色い車が停まった。
なんだか時間が惜しくて、祐巳は玄関を出て助手席の窓をコンコンと叩くと、聖さまはちょっと驚いた顔。
でもその顔が直ぐに笑顔に変わって助手席のドアの鍵を解除した。

祐巳はペコリと頭を下げてドアを開いて乗り込んで。
そしてお母さんの話をしたんだ。

「私の部屋に来ませんか?母が明日は日曜だからお泊りしたらいいとか云ってますけど」
「…いや、さすがにそれは…ね。それに母が明日車使うらしいから。だから少し話せたら帰るよ」

ちょっと困ったように笑う聖さまに、あまりに突拍子のない話だったか、と恥ずかしくなる。
ついついお母さんに乗せられてしまった。

「顔がね、見たくなっちゃってね」
「へ?」

急にスッと声が低くなると、聖さまが呟くように云った。
「ごめんね」と云う聖さまの顔は、薄暗い車内でも解るほど元気がなさそうで。
なんだか、慌ててしまう。

「あのっ、私も聖さまに逢いたいって…だから、その…ぎゃっ!」
「あーもー可愛いなあ祐巳ちゃんってばもー」
「せ、聖さま!」

『元気がなさそう』は却下。
運転席から腕を伸ばしてきて、祐巳を引き寄せた腕は強く温かくて、思わずおかしな声が出てしまった。
満面の笑みで祐巳の顔を覗き込むと聖さまは「ありがと」と囁いた。
その顔があまりに綺麗なのと、至近距離に顔が赤くなっていくのが解る。
頬が熱い。

「おっと、イカンイカン」

そう云いながら聖さまが祐巳を離してシートに座り直す。

「最高な抱き心地に我を忘れてしまう」

なんですか、それは。
相変わらず祐巳はぬいぐるみですか?
前に聖さまは祐巳を『抱き心地が良くて眠くなるぬいぐるみ』とか云っていた事を思い出して、ちょっとムッとしてしまった。

「それにご近所さんに『福沢さんの娘さんが車の中で抱き合ってた』なんて噂が立っちゃマズイ」

意地悪な笑みを浮かべる聖さまに『それはちょっと困るかな』と思う。
別に何もしてないのに大袈裟に云われたりって事もあるんだし。

「まぁ、私は祐巳ちゃんとなら噂になりたいですけどねん」

ニッとチェシャ猫の笑み。
こういう顔の時、聖さまは絶対意地悪しか云わない。
でも、祐巳はその笑顔にちょっとドッキリする。
どんな表情でも、聖さまの表情は魅力的なんだって事なんだろう。
まだまだ聖さまの表情は隠されているんだろうけど、知っている分だけでも十分魅了される。
ふいに聖さまが車内設置の時計を見て「あっ」と呟いた。

「もうあまり長居出来ないか。ねぇ、祐巳ちゃんが聞きたい事って何?」
「は?」

急に話を振られて戸惑う。

「は?って…だって祐巳ちゃん、どうして今日来る事教えてくれなかったか話聞くってメールして来たじゃない」
「……は」

そうでしたそうでした。
…って、そうだった!
なんだか凄い緊張で、何の為に電話したのかすっかり忘れてしまっていた。

「祐巳ちゃん?」

聖さまが訝しそうな顔をする。
そりゃ当然だろう。

「き、緊張しちゃったせいで…どっかに行っちゃってました…」
「そんなに緊張してたんだ…?」
「そ、そりゃ…」

何故だろう、急に聖さまの顔を見られなくなってきた。
恥ずかしいって云うか、何て云うか。

「祐巳ちゃん」
「はい…」
「私、そろそろ帰らなきゃいけないんだけどね…でも祐巳ちゃんが何を聞きたかったか気になって帰れないんだよね」
「う」
「さぁ、今から五分以内に簡潔に述べよ!点数配分は百点満点中十点!」
「は、はいぃぃぃ!」

…いつからテストになったんですか?







「ふむ。じゃあ祐巳ちゃんは江利子が楽しみにしていたから私が話さなかったと?」
「はぁ…」

なんとかしどろもどろになりながらもそれを聞いた。
もう途中何を云っているのか解らなくなりかけてしまった。

「うん、まぁ正解だね。同じリリアン敷地内にいる私だからね、その辺は。あとは?」
「え?」
「まだ何かあるんじゃないの?」
「何か、ですか?」
「…無い?無いなら、帰るけど」

それを聞いて、祐巳は思わず『聞きたいこと』探してしまう。
何か聞かなきゃ、聖さまが帰ってしまうから。

…って、帰らなきゃいけないんだけど。
時計は、そろそろ十一時に近付いている。

探さなくても『聞きたいこと』はある。

『どうして、あの時祐巳の手を握ったんですか?』
ちょっと寂しそうな顔で、祐巳の手を握っていた気がしました…それは何故ですか。
そう、聞きたい。

でも…それはなんとなく聞き難くて。
聞いちゃいけないような気がして。
でも、何か聞かなきゃ聖さまと別れなきゃいけない。

どうしよう。

…どうしよう…

「…失敗だったかな」
「え?」

聖さまの呟きにちょっと俯き加減だった顔を上げた。
視線の先…そこには困ったような、寂しそうな聖さま。

「電話で声を聞いていたら、顔が見たいなって思って来ちゃったけど…逢ったら離れ難くなっちゃうんだよね」

そう云って笑う聖さまに、祐巳はなんとも云えない気持ちが心に広がった。

「わ…私も…です…っ」

きゅ、と聖さまの左手のシャツを握る。
凄い勇気。
ううん、物凄い勇気を出した。

離れたくないんですって、祐巳もそうなんですって…解って欲しい。

「……困った」

そう呟く声に、困らせる事だったかと手を離そうとした。
でもその手を右手にそっと包むようにされて。
顔を見上げると、ちょっと困ったような笑顔。

その顔が、そっと近付いてきて、頬に唇が触れた。

「…そんな事云われたら…我慢の糸が切れちゃうよ」
「が、まん?」
「そうだよ。しかも、今祐巳ちゃんは射程距離内にいるんだから」
「…なんですか、それ」
「我慢が利きそうで利かない、微妙な距離…」

我慢。
その言葉に祐巳は目を伏せる。
すると、聖さまの唇がそっと祐巳の唇に触れた。



「……切れた」






何度か、祐巳の唇に軽く唇を触れさせて、聖さまはゆっくりと運転席のシートに座り直した。
祐巳は、ドアを開いて外に出た。

ひんやりとしている夜の空気。
聖さまはこれを心配して電話で服装を聞いたんだ。
スカートなら、ちょっと寒いだろう。
パジャマなら尚更。

「それじゃ、聖さま…」
「…うん」

少し照れくさい。
そして、寂しい。
他にもいろいろ混ぜられて、困惑に近い気持ち。

離れたくない。
でも、今この状態で一緒にいるのは妙に照れくさい。

ドアを閉める寸前。
聖さまが「祐巳ちゃん!」と声をあげた。

「はい?」
「明日は、私から電話するから!」
「え?」
「何気ないことでも、逢わない日は…ううん、思い立ったら電話しよう?電話が非日常じゃなく、日常になるように。そうすれば、緊張もしなくなるんじゃないかな?」

そう云って、聖さまは「あっ」と声を上げてバツの悪い顔をした。
その顔に、祐巳は聖さまも電話で緊張していたことを知ることが出来た。
なんだ…祐巳だけじゃなかったんだ。

ちょっと嬉しい。
ううん、かなり。

「はいっ、じゃあ手始めに明日じゃなく、聖さまがおうちに着いたら電話下さい。そして私に『おやすみ』って云ってくれませんか?」
「おやすみ?」
「はい」

祐巳の提案に聖さまがニッと笑った。

「解った。じゃあ帰ったら電話するよ」
「はい」

それじゃ、と云って祐巳はドアを閉める。

『おやすみなさい』は云わない。
それは後で云うから、今はいらない。

ほんの少し、今度は聖さまからの電話が待ち遠しくてドキドキしてくる。
走り出す聖さまの車を見送って、テールランプが見えなくなったのを確認して静かに家に入ると、部屋に向かう。

そして祐巳は大きくなるドキドキを抱えながら、聖さまの『おやすみ』を待つのだ。





20051013
posted by 松島深冬 at 09:50| ☔| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月08日

射程距離と心拍数2

加筆修正しました。

そしてやっぱり…あと一回続きます…


では、ドウゾ









きっと、今の祐巳の心拍数は過去最高新記録に違いない。





「あ、あの…聖さま…?」
『…ダメ、かな?』
「い、え…でも服装なんて確認して、ハイキングでも行くんですか?山に登るとか…?」

そんなわざわざ今の祐巳の格好を聞くなんて…?
ジーンズならオッケーって事は、歩いたりどこかに登ったりとかするんじゃ…
そう思って聞いたのに…聖さまは一拍置いた後、盛大に笑い出した。

「せ、聖さま?」
『ゆ、ゆ…祐巳ちゃ…サイコー!』

……
何かそんなにおかしな事、云っちゃったんだろうか…でもこの笑いっぷりは…如何なものなんだろうか。

聖さまはそれからたっぷり5分は受話器の向こうで笑い続けて下さった。
ええ、もう明日はお腹が筋肉痛になるんじゃないかってくらい…





『あー、おなか痛い…こりゃ明日はお腹筋肉痛かもしれない…』
「それはよろしゅう御座いましたね」
『あ、怒った?』
「別に怒ってませんよ」
『ありゃ、怒っちゃったか』
「怒ってませんってば」

思わず声が大きくなって自分で自分の口を塞いだ。
近所迷惑までは行かなくても、隣室迷惑にはなりそうだ。
心の中で『ごめん祐麒』と一応謝っておく。

『だって、祐巳ちゃんは私がこんな時間にハイキングに行くような人種だと思ってるのかと思ったらさ?なんとも云えない笑いが…』

まだ、フフ、とか笑ってる。
だって、咄嗟にそんな事が頭をよぎってしまったんだから仕方が無い。
でも確かに時計を見ればそろそろ9時になろうとしている。
いくら突拍子のない行動をする聖さまでもこんな時間に山には…ねぇ?

そして今の祐巳の発言は負けず劣らず突拍子もない事だったかな、と自覚。
すると…笑われた事で何処かに行ってしまっていた聖さまの言葉を今思い返した。


――今から、ちょっとだけ会いたいんだけど

聖さまはそう云った。
祐巳に会いたい…?
今から…これから…?
時計の長い針が12に近付こうとしている。

祐巳がさっきの言葉を受け止めたことに気付いたのか、聖さまが小さく息をつく。

『今どんな格好かを聞いたのはね、今日はちょっと寒いから…それにもしもうパジャマに着替えていたら外へは誘えないなって思ってさ…』
「え…」

そうだったんだ、と思ったら余計にさっきのハイキング発言が恥ずかしくなってくる。
全く、祐巳の思考回路は何処に繋がってるんだろうかと不安になってしまう。

『…ね、祐巳ちゃん…ほんのさ、少しでいいから…顔が見たいんだ』

そう云って、聖さまは『ダメかな…?』と呟く。
それは何処か寂しそうな声に聞こえた。
微妙な時間帯ではあるけれど、まだ今の時間なら…それになんと云ってもお母さんが大ファンの前白薔薇さまの聖さまなら、きっと大丈夫な気がする。
ううん、それはきっと言い訳。
だって…祐巳も聖さまに会いたいって思ってしまっているから。
そして、あの交流試合の場で手を握ったのは何故か聞きたい…聖さまの顔を見ながら。

「…どこかで待ち合わせますか?まだバスもありますしM駅とか…」
『え』

祐巳がそう云うと、聖さまは驚いたように『いいの?』と呟いた。
それはどういう意味ですか。
ご自分から誘ったくせに。

「いいの…って、聖さま…?」
『あ…ごめん…なんか…ちょっと吃驚した』

何故驚かれなきゃいけないんだろう。
首を傾げた時、聖さまが『有難う』と、小さく呟いた気がした。

「え?なんですか?」
『いや、ありがとって。祐巳ちゃんちまでブーブーで行くからさ、お部屋で待ってて?出来ればお母さまに今から私がお伺いする事は云っておいてくれるかな』
「解りました、じゃあ切りますね」
『じゃ、後で』
「はい」

祐巳は通話を切る為、子機の電源ボタンに指を掛ける。


……

き、切れない…

『祐巳ちゃん?』

なかなか切らない祐巳に、聖さまが声を掛けてきた。
こういう場合、掛けた側から通話を切るのがいいんだろうか。
それとも受けた側に切ってもらうのが良かったんだっけ?

『どうしたの?』

何故だろう。
こんな風に考えるのは初めてではないけれど…でも。

切りたくないって、思ってしまう。
もちろん、この後聖さまに会えるって解っているけれど。
でも…

切りたく、ない…なんて。

「あの…っ、聖さまから切ってもらえませんか…?」
『え?』

聖さまの不思議そうな声が聞こえてきた。

『私から?それは構わないけど…』

なんで?と云われて妙に焦ってしまう。
なんで…ホントになんでだろう。

『ま、いっか。それじゃ祐巳ちゃん、切るよ?』
「あ…っ」
『ん?』

しまった、思わず引き止めてしまった。

「い、いえ!なんでもないんです、すみません!」

ああもう、一体祐巳はどうしちゃったんだろう…

聖さまが通話を切るのを淋しく思いつつ、それでもなんとかその気持ちを振り切って切れる時を待つ。

…あれ?

『……じゃ、切る、ね』

え?
聖さまの声が、少し違う気がする。
苦い笑いを含んだような…

もしかして、聖さまも祐巳と同じような気持ちなのかな…なんて。
聖さまも切り難く思ってくれているのかな…なんて。

「はい…また後で」
『うん…またね』


また少し苦いような笑いを含んだ声。

そしてプツリと通話が切れた。


訪れる静寂。
ああ…こんなことなら音楽でも小さく流しておくんだった。
祐巳は小さく溜息をついて、子機をキュッと胸に抱く。
今きっと、聖さまが祐巳の家に向かう為に出掛ける用意をしているに違いない。
後もう少ししたら、聖さまに逢えるんだ。

でも…

なんだか解らない寂しさに祐巳は妙に切ない。
子機を耳に当ててみても、もう聖さまの声は聞こえてこない。

電話は側に居なくてもお話出来るとても便利なものだけど、でも通話が切れると途端に独りになってしまう。

以前。
祥子さまに勇気を振り絞って電話した時は、ドキドキと、祥子さまの声が聞けた事とで、切った後もなんとなく幸せで。
なのに…今、聖さまに電話を掛けて、聖さまの声を聞いて…その声が聞こえなくなって、切ない。

電話なんて何度かしてる。
でもそれは聖さまからが多くて、祐巳からはほんの数回。
それもまだ片手で足りるくらい。
でもその数回は聖さまが高等部の頃で…切った後も今みたいな寂しさなんか当然無くて。
確かにあの時だって聖さまは大好きな人だったけど…今の『好き』とは違ったから。

高等部の…白薔薇さまだった聖さまへの気持ち。
お姉さまである祥子さまへの気持ち。

そして…今の聖さまへの気持ち。

どれも全部違う。
そして切なくて、どうしようもない寂しさを感じる『好き』は聖さまへだけ。
きっと、聖さまにこの後逢えたら…この寂しくて切ない『好き』は嬉しくてどうしようもない『好き』に変わってくれるんだろう。




―続―

20051006
加筆:20051008
posted by 松島深冬 at 00:00| ☀| Comment(8) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

射程距離と心拍数

『深呼吸』その後。

聖さまと祐巳ちゃんですな。


では、ドウゾ









電話が苦手…という訳では決してないのだけれど。
でも…ホントに時折、とても苦手になってしまう事がある。






『落ち着いた?さて、ご用件は?』

聖さまの笑いを含む声に、どうしようもないくらい心臓がドキドキしてしまっている。

深呼吸くらいじゃ、ずっとドキドキしていた祐巳の心臓は治まってくれない。
治まるどころか、逆に深呼吸をした後の方が妙な緊張が増してしまっている。

聖さまにあんなメールを送ってしまって、祐巳は薔薇の館に行ってから、自分の行動に驚いてしまってずっと落ち着かなくて。
きっと江利子さまが楽しめるように、祐巳には何も云わず、何も聞かなかったんだろうって思う。
でも…手を握ってきた聖さまが気になって。
何も云わないで先に帰ってしまわれたのがちょっぴり淋しくて。

『用件は?』と聖さまは聞いてきた。
…用件。
祐巳は何を1番聞きたくて、知りたかったんだろう?

『祐巳ちゃん?』

不思議そうな声が聞こえる。
それはそうだろう。
掛けたのは祐巳なのに、何も云わないんだから。

『……怒ってる?』

不意に、伺うような声が祐巳の耳に聞こえてきた。
その声が、柔らかくて。
いつもと違って、ほんの少しだけ頼りなさげで…なんだか慌ててしまう。

「い、いえ!怒ってなんか…!」
『じゃあどうしてなんにも云ってくれないのかな』
「そ…れは…」
『それは?』

聖さまの柔らかな、笑みを含んだような声に次の言葉がのどに引っ掛かる。

「緊張…しちゃって」

やっとの事で搾り出すと、きょとん、としたような声が聞こえてくる。

『緊張?なんで?』

なんで…って。
そんな事云われても困ってしまう。
緊張してしまうのに理由は無いし、出来るなら祐巳だって気持ちを落ち着けたい。

『……』

ふっ、という笑みをこぼした聖さまに顔が赤くなっていく。

もう、自分がどうして電話したかなんて思い出せない。
何を聞きたくて、何を知りたかったか…どうでも良くなってきてしまった。
そもそも用事なんて本当にあったんだろうか?とまで思い始めていて。

ああもうっ
こうなったら他にも用事があったのを思い出したとかなんとか云って謝って切ってしまおうか、なんて事まで考え始めてしまう。
でもそんな失礼な事を聖さまに出来るはずもない。
そんな事をして、不快な気持ちにさせてしまったらと思うと、それだけはしちゃいけないって思う。

『…ねぇ、祐巳ちゃん』
「はっ、はい」

急に名前を呼ばれて、祐巳は思わずベッドの上で正座したまま、背筋をピンと伸ばした。

まるでそれが見えているかのように、聖さまはくすくすと笑いを漏らす。

『あのね、私にそんなに緊張しなくていいんだよ?』

解ってるんだけど。
でも、滅多に祐巳からは掛ける事が無かったせいか、酷く落ち着かない。
もし心臓の百メートル走なんてのがあったら、きっと今の祐巳の心臓は大会新を出すに違いないくらい。
…って、心臓が百メートル走してどうするって云うんだろう。

思考力低下、血圧上昇、呼吸数増加。
ああ、なんだか汗まで出てきた。

『…解った』
「へ?」

何故か聖さまの声が妙に近くに聞こえて、思わず部屋の中を見回した。
解り切ってる事をしてしまって、いろいろな気持ちで更にちょっぴり赤くなる。
でも、それ程に聖さまの声がはっきりと、まるで側にいるみたいに聞こえた。

『祐巳ちゃん、今の格好は?』
「は?えっと、ジーンズに上は…」
『ああ、いいよ、解った。じゃあさ、祐巳ちゃん』

唐突な質問に首を傾げてしまう。
祐巳の緊張を解こうとしての冗談だったんだろうか、と思った次の瞬間。

『今からちょっとだけ会いたいんだけど』

聖さまは冗談なんかじゃない、大きな爆弾を投下してくれた。



―続―

20051004

posted by 松島深冬 at 09:09| ☔| Comment(8) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月28日

深呼吸(後)

三部作になってしまいました(笑)

さて、どうしますかね…此の後。
このままにしておくのも良い様な?
でも書かなきゃいけませんかね…?


では、ドウゾ。












『今日のところは見逃してあげるわ』

江利子の言葉に私は思わず笑いを漏らした。
それが聞こえたかのように、また新たなメールが届く。

『何笑ってるのよ』
「いえいえ、有難いですよ」

携帯の画面に向かってそう呟く。
もう解り切っているだろう。
私が祐巳ちゃんに心奪われていた事なんて、とっくに。
なれ初めってのを聞きたいんだろう…暇つぶし的に。
なんて云ったら言葉は悪いだろうか。

―― 心しておきます。

そう、メールを送信する。

今だって、こんな風にメールをしてきているのも、江利子なりの気遣いだろう。
電話で話せば済むけれど、そうなれば私はわざわざ逃げた意味が無くなる。
それに、江利子と話している合間に祐巳ちゃんから電話が入らないとは限らない。
そういう事なんだろう。

洞察力というか、観察力というか。
江利子はかなりあるんじゃないだろうかと私は思っている。
黙って何も云わずにジッと見つめていて、ここぞという時に的確な言葉を飛ばしてくる気がする。
なかなか侮れない、そしてなかなか頼りになる親友だ。

頼りになると云えば、もうひとりの親友。
蓉子のお陰であの場から離れられたようなものだ。
目が「もう行きなさい」と云いながら笑っていた気がした。

…蓉子としても、苦いものがあるに違いない。
自分の妹と、孫…そして親友。
孫に親友が恋をして、孫はその気持ちに応えてしまったんだから。
立場はどうにも辛いものがあるだろう。
今日だって祥子を気に掛けていたに違いない。
きっと江利子と別れてから何か連絡を入れているのではないだろうか。

…私は妹と親友の間で板ばさみになっている蓉子に頭が上がらない。
栞の時も、心配させていた。
アドバイスに全く耳を貸さず、それどころか邪険にしていた。
栞と離れたあの日、お姉さまに肩を抱かれて向かったファミレスの前に立つ蓉子に感じた、あのどうしようもない申し訳なさと感謝を、今でも感じる。

それなのに。
私はまたこんな風に苦い思いをさせているのだ。

江利子にも、あの頃はきっと心配させていた。
今も江利子は江利子なりに気に掛けてくれているんだろうと思う。

本当なら、愛想尽かされたとしても文句も云えない立場だっていうのにね…
私はクスクス笑いながらも、有難いという気持ちに満たされる。

そして。
メール受信画面を切り替えて、まだリリアンの敷地を三人で歩いていた時に来たメールを開く。


『今晩、どうして来る事教えてくれなかったのかお話聞きますからね!』


知らずに笑みが深まる。

「どうして…か」

どうしてかな。
きっと、驚かせたかったんだろうと思う。
祐巳ちゃんの驚いた顔が見たかった…きっとそれが答えだろう。
ああ、あと江利子が妙に気合入っていたからかもしれない。

イタリアへ行く少し前…久し振りにリリアンの敷地内で江利子にあの会った日。
ベンチに座っていた江利子は何処か違う気がした。
そりゃ…クマ…いや、山辺氏に娘に会ってくれ、なんて云われたら。
あの江利子だってその意味を考えてしまうのは至極当然だ。
だから、だろう。
あの後、どうなったのかは聞いていない。
江利子は話したくなればきっと話す。
今はまだ進展が無いか、話せないんだろう。
その江利子が楽しめるのなら…そんな気持ちが知らずにあったのかもしれない。
もし行く事を伝えたなら、きっと祐巳ちゃんは知らず知らずに由乃ちゃんの状況を言葉の端に滲ませてしまうだろう。

妹が見つかっていなければ、その心配を。
妹が見つかっていれば、安堵感を。

それを知ってしまえば、私の態度ももしかしたら変わってしまわないとも云い切れない。
そりゃもちろんそうならないように出来る自信がない訳じゃない。
でも、念のため、というか…用心は必要だと思った。

まぁもうそれは済んだ事。
江利子は由乃ちゃんに『妹』候補らしき子を紹介されたし、しかもその子は江利子の予想以上の逸材だったみたいだし。

だけど…
私は携帯を弄びながら苦く笑う。

云わなきゃね。

蓉子には、あの場面に居られてしまって、わざわざ報告も何もする必要のない状況にあったけれど。
でも江利子にも、いつか。
きっとずっと江利子は江利子なりに気に掛けていてくれただろうと思うから。



「!」

手の中の携帯が急に鳴り出した。
慌てて折りたたまれている携帯を開いてみると、『祐巳ちゃん』の文字。

途端に心臓が跳ね上がる。
こちらからかける事はあっても、祐巳ちゃんから掛けてもらった事はほんの数回。
その内の一回は卒業間近の頃。
初めて掛かってきた時。
ちょっと緊張したような感じで可愛かった。
思わず「かくし芸は?」なんて冗談兼、意地悪を云ってしまうほど。

あの時とは、違って緊張してしまう。
しかも、これが携帯を持って初めての祐巳ちゃんからの着信だから、通話ボタンを押す指も思わず震えてしまう自分がおかしい。
声が上ずったりしないよう細心の注意を払って「はい」と電話の向こうの祐巳ちゃんに返事をした。

「はい」
『あ、あの、佐藤さんのお宅でしょうかっ』
「ゆーみちゃーん、これ、携帯なんだから私しか出ないよー?」
『え、あ、うわ!』

さすがは祐巳ちゃん。
可愛くて仕方が無い。


「ほら、緊張しないしない。はい、深呼吸してー?吸ってー、吐いてー」

耳に聞こえる、大きく息を吸って吐く、呼吸音。
思わず漏れそうになる笑いを噛み締める。
お陰で私の緊張も、吹き飛んでしまった。


「落ち着いた?さて、ご用件は?」




20050928
posted by 松島深冬 at 08:19| 🌁| Comment(6) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

深呼吸(中)

続きです。

いや、あんまり調子良くなかったんですけど…寝られなくて(苦笑)
お陰でこんな感じに…


では、ドウゾ。












程よく混んでいる喫茶店。
聖がこっそりとお店を出て行ってから5分ほど経って江利子が大袈裟な溜息をついた。

「…逃げたわね」

云いながら氷が解け始めているオレンジジュースをひとくち啜る。
そして蓉子に目を向けた。

「逃がしたでしょ」
「そんな事しないわよ」
「じゃあ貴方の前にいるその学者は何?」

蓉子の前に置いてある千円札を指差して、江利子はちょっと面白く無さ気に云う。
それを手にして蓉子はなんでもない事のように微笑む。

「聖のポケットから抜け出してきたんでしょ」
「へぇ、よく躾されたお札だこと」
「とかなんとか云って…江利子こそワザと気付かないフリして逃がしたんじゃないの?」

蓉子が口元に笑みを浮かべながらカップを口に運び云うと、江利子はふっと肩を竦めた。
『お見通しか』という表情と『解るわよ』という表情が、笑顔に変わる。
仕方が無いわよね…という笑顔に。

「…あれ以上は逆効果だし」

カップの中身を飲み干して蓉子が微笑む。
笑顔をつまらなそうな顔に変えて「まぁね」と頷きながら江利子がバッグから音楽を奏でている携帯取り出した。

「昔みたいな頑なさは無くなったとはいえね…さすがに付き合い長いんだから、引き際くらい解るわよ。それにこういう話題は無理強いして聞き出したってつまらないわ」

云いながらメールを確認し、江利子は満足げに携帯をパタンと閉じた。
蓉子も腕時計で時間を確認してバッグを手にする。

「もうそろそろ行かなきゃいけないのかしら?」
「ええ。貴方はこの後どうするの?蓉子」
「…ちょっとね…気になるのよ」

そう云う蓉子の神妙な表情に「相変わらず過保護ね」と呆れたように呟く江利子に蓉子は苦く笑う。

「…姉妹と恋愛は、同じじゃないんだからどうしようもないのよ」
「ええ…解っているわ…あの子もきっと解ってる。でも…それこそ、理屈じゃないのよ…」
「理屈じゃない…ね。それは蓉子、貴方もよね」

何気ない事のようにサラリと云いながらも、ほんの少しだけ、心配気な色をその表情に滲ませて立ち上がる江利子に、蓉子も困惑気に椅子から立ち上がる。

「江利子…?」
「人の事はよく見えるけれど、自分の事っていうのは、なかなか解らないものよね」
「…私は」
「違うって、云い切れる?伊達に六年近くも一緒にいないわよ」

今まさに店を出る、という時に振られた話題に蓉子は訝しげに江利子を見る。
それに構わずに江利子は、蓉子の手から聖が置いて行った千円を抜き取り、伝票を手に会計へと歩き出す。

「ちょ…、江利子」
「貴方の分は後で貰うわ」

そう云って有無も云わせずに会計を済ましてしまう江利子に蓉子は口を噤む事を余儀なくされ、仕方無く先に外に出た。







「聖のお釣りは貴方が会った時にでも渡してよ」

蓉子から代金を受け取り、おつりの小銭を差し出してからバッグを肩にかけ直し、江利子は先を歩き出す。

「ちょっと江利子」

その後を小走りに追い掛けて隣に並ぶ。
江利子はチラリと蓉子に視線を向けただけで、また前を向く。

「何が云いたいの?」
「別に何も」
「嘘よね」
「そうね」

『取り付く島もない』とはこの事だろうか。

「云いたいのは、ひとつよ」

つと足を止めると、江利子は蓉子に向き直った。
いつもの何にでも冷めているような、興味のなさそうな目ではなく、しっかりと蓉子を見据えている。

「逃げるんじゃ、ないわよ」
「…え?」

逃げる、という言葉に蓉子は不思議そうな顔をする。
あまりに解らなくて、思わず苦笑染みたものが顔に浮かんだ。
そんな蓉子に江利子は目も逸らさずに、まるでとどめでも刺すかのようにハッキリとした口調で続けた。

「聖は、聖だわ。だけど久保栞と祐巳ちゃんは違うって事…それを忘れるんじゃないわよ…いいえ、そこから目を逸らすんじゃないわよ」

そう云うと、江利子は歩みを再開させた。




蓉子は…何故かしばらく動けずにいた。
まるで、見えない何かに縛られたかのように。

それから、江利子の背中が程遠くなった頃、蓉子はようやく歩き出した。
軽く頭を振って、江利子の云っていた言葉を反すうする。
けれど…よく解らなかった。

『人の事はよく見えるけれど、自分の事っていうのは、なかなか解らないものよね』

そう江利子が云っていた事を思い返して、そういう事なんだろうかと溜息をひとつ落とした。
深呼吸のように、深い溜息をひとつ。
取り敢えずは自分の出来る事や、しなくちゃと思う事をしよう。

見えなくなった江利子の背中を追いかけるかのように、蓉子は真っ直ぐに前だけを見て歩いた。




20050925
posted by 松島深冬 at 02:22| 🌁| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

深呼吸(前)

『妹オーディション』、その後。
…で、良いのでしょうか…
一応此の後もあったり。

では。












……さて。


私は携帯の時計を見ながら、どうしたものかと考える。
目の前には、相変わらず興味津々の江利子と少々呆れ顔の蓉子。

バレた。
そう、面倒くさいヤツにバレてしまった…というか、蓉子がもらした一言で感付かれた。
いや、正確には空気を読まれたのか、何かかもしれない。
私と祐巳ちゃんと祥子の間に流れていたんだろうぎこちないものを。

「…あのさ」
「何、聖。やっと白状する気になった?」

キラリと江利子が目が光る。
なんでそんな楽しそうなんだ、このデコピン。
蓉子、何静かに紅茶飲んでんのよ。

「私、そろそろ帰りたいんだけど…」

もちろん家に帰る訳じゃない。
もうそろそろ祐巳ちゃんが帰宅する頃だろう。
きっと夕飯を終えてたら、電話が掛かってくるに違いない。
だからそれまでに自室にいたいだけだ。

「あら、ここまで来て逃げるつもり?」
「逃げる…って、江利子ねぇ」
「話しなさい。中途半端に教えられる事くらいムカつく事はないわ」

ああもう。
このスッポンめ。
去年の今頃みたいな事繰り返すんじゃないよ。
親知らずは去年抜いたんだろうが。

「中途半端も何も、聖は全然話してないけど」
「あーもう!聖ってこんなに口が堅かったかしら…」

勝手な事を云ってくれる。

「…悪い、ちょっと失礼」
「何処行くのよ」

立ち上がった私に江利子が目を光らせる。
まるで『逃がすものですか』と云っているようなその目の光に私は肩を竦めた。
全くもう、だ。

「手洗い場」
「あ、そ。いってらっしゃい」

そう云ってオレンジジュースのストローに口をつける江利子を横目に、私は蓉子の肩に軽く手を置いてその場を離れた。


さて、逃げますか。






するりと店から出て、道に面している大きな窓の中を見る。
中には、蓉子と江利子。
仕方ない、という表情でひらりひらりと手を振る蓉子に右手を顔の前で立てて『ごめん』と謝りながら小走り。
江利子は向こうを見ている所を見ると私が入っただろうトイレの方向を見ているようだ。

話せるくらいなら、話すさ。

横断歩道を渡りながら苦く笑う。

だって、私は正直、未だにまだ信じられない。
話せるだけの、心の落ち着きを取り戻せていない。

不安で、信じられなくて。

さっき、隣に座る祐巳ちゃんの手を握った。
確かめずに、いられない自分が莫迦みたいだと思いながらも。
きっと、祐巳ちゃんも不思議に思っていただろう。

隣に座ってくれた。
きっと深い考えではなかったんだろうとしても。
でも、向こう隣には、あの子の『姉』。
祥子が私を気にしている事はわかっていたから、出来るだけ平静を装ってあの頃のように振舞っていた。

そうしなきゃ、自分自身が耐えられなかったから。

不安で、まだ信じ切れない。

祐巳ちゃんが、私を選んでくれた事を。


「…莫迦だよね」


私は自分を笑って空を仰ぐ。

不安。
そして信じ切れない自分。

私を好きだって云ってくれた、あの時の祐巳ちゃんを信じられなくて、何を信じるというのか。
あまりに祐巳ちゃんに対して失礼だ。


大きく息を吸って、吐いて。
私は少し冷たくなっている空気を胸いっぱいに吸い込んで、弱気な気持ちと一緒に吐き出した。
なんとなく、すっきりした気持ちを胸に前を向いて歩く。

夜、祐巳ちゃんがなんて云って来るのかを楽しみにしながら。




20050921
posted by 松島深冬 at 08:39| 🌁| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

恋とは苦く甘やかなもの・6

『妹オーディション』聖祐巳フィルタver.続きです。
一応一区切り、ですが…更に加筆するかもしれません。

では、どうぞ。








「…あれ?」

由乃さんとロビーに戻ると、すでに聖さまたち前三薔薇さまの姿はなくて。
お三方がいらした場所には祥子さまと志摩子さん、乃梨子ちゃんがいた。

「ただいま戻りました…せ…皆さんは?」
「…祐巳が由乃ちゃんを迎えに行って少し経ってからお帰りになったわ。生徒たちがざわめき出してしまったの」

人気のあった方々だったから、仕方がないのかもしれない。
三人揃っていたら、嫌でも目立ってしまうだろうし。

「私たちが来る前に帰ってしまわれていたの」

志摩子さんが残念そうに微笑む。
確か乃梨子ちゃんの紹介はまだに違いないから、それについても志摩子さんは残念なんじゃないだろうか。

お三方は並んで座っている志摩子さんと乃梨子ちゃんを見て「まるで西洋人形と日本人形ね」と笑っていたから確認は済んでいるのだろうけど。
それに聖さまならきっと、今日以前に志摩子さんと乃梨子ちゃんを遠目からでも見ていたに違いない。

なんでもない、自分たちはそういう姉妹だから…そう聖さまは云っていたけれど、でも気に掛けていた事を祐巳は知っているから。

梅雨の時…祥子さまとすれ違ってしまって寂しかった頃。
志摩子さんが大学の方に来ていたと聞いた聖さまは様子を伺いに来ていたんだから。
その時の事を思い出して、祐巳はちょっと苦い気持ちになった。
…あの時の、祥子さまとすれ違って寂しかった気持ちを思い出したのか、それとも…聖さまに気に掛けてもらっていた志摩子さんを羨ましいと思った気持ちを思い出したのか…どちらかは祐巳にも判断がつかない。
多分、両方なのかもしれないけれど。

「久し振りに三人でお会いになられたみたいだから、つもる話あるのでしょう。また来て下さるでしょうから、その時に紹介したらいいじゃない?」
「ええ…そうですね」

祥子さまが優しい目を志摩子さんに向ける。
その祥子さまを見て、祐巳はふと気付いた。
…祥子さまも、蓉子さまとお話したいに違いない…って。
あの梅雨の日に会われて、学園祭の時にも来て下さったけれど…卒業前のようにはいかない。
いろいろ報告やお話したい事、相談したい事がたくさんたくさんあると思う。
リリアン大の聖さまと違って、蓉子さまは外部大学に行かれてしまったから、なかなか会いたくたって…会えないだろう。
江利子さまだってそう。
今回みたいに江利子さまから出向いて戴かなきゃお会いする事は殆どないんじゃないだろうか。

祥子さまが云った『つもる話』は祥子さまにだってあるんだろうから。
今は剣道部の方にいらっしゃる令さまも江利子さまとお話したいんじゃ…

…そう、志摩子さんだって。

聖さまは乃梨子ちゃんを一方的に見知っているのかもしれないけど、志摩子さんから紹介された訳じゃない。
乃梨子ちゃんの声を聞いた訳じゃない。

志摩子さん、本当はきちんと紹介したいんじゃないかな…なんて。
そういう意味なら前三薔薇さまが揃った今日、お披露目したい気持ちがあったんじゃないかな…なんて祐巳は考えてしまった。
由乃さんの妹の事でいっぱいいっぱいだった今回だけど。


志摩子さんは祥子さまと今日の交流試合の事、そして来週からの山百合会の仕事の事を話している。
これから薔薇の館に戻って、その辺の話をして解散になるんだろう。

何故だろう…

志摩子さんの背中を見ながら、祐巳は寂しい気持ちと、申し訳ない気持ちと…そして怒りを感じていた。

会えなくても…それでも心の深い部分では分かり合っていて信頼しあっている聖さまと志摩子さんの姉妹の形に、祐巳には入り込む事の出来ない寂しさを。
志摩子さんはなかなか会えないのに、祐巳は聖さまに会えているという事の申し訳なさ。
…そして…

結局、聖さまは志摩子さんにも会わず、祐巳に何も云わないで帰ってしまった。

むくむくと、ムカムカが湧き上がる。

そりゃ、祐巳と祥子さまとは違う姉妹の形なんだろうけど!
楽しみにしていた江利子さまの為もあったんだろうけど!
その割に、祥子さまが祐巳の隣にいるって解っていながら手なんか握っちゃって!
「後でね」なんて云っていたのに、由乃さんを迎えに行っている間にとっとと帰っちゃって!

ムカムカ
ムカムカ
段々とムカムカが大きくなっていく。

「祐巳さん?どうしたの?顔が怖いよ?」

由乃さんが怪訝そうに祐巳を見る。
か、顔が怖い…って、それは酷いよ由乃さん…

でも、そうだった。
祐巳は聖さまお墨付きの百面相だった。
いけないいけない。


…そうだ。
祐巳はある事を思いついた。

「すみません、ちょっと用を思い出したので、先に行っていて下さい!」
「へ?ゆ、祐巳さん?」

急にそんな事を云って走り出した祐巳に由乃さんが驚いて云う。
祥子さまと志摩子さん、そして乃梨子ちゃんもあっけに取られたような顔をしているに違いない。

祐巳は、その場所に向かって急ぐ。

スカートのプリーツも乱れるし、セーラーカラーも翻っているけれど…マリアさまにはちょっとだけ目をつぶってもらおう。




  †




祐巳は土曜日で、しかも剣道部の交流試合の為に生徒の少ない図書館の扉を開いた。

そしてそのまま図書検索用にパソコンではなく、インターネット接続可能のパソコンの前に座る。




―― じゃあこれ、あげるから。祐巳ちゃんならいつでもオッケー。むしろ手ぐすね引いて待ってますって感じ?


そう云って祐巳の手を取ると、手のひらに手帳を千切ったメモを乗せるとギュッと握り込ませて、聖さまはちょうど青に変わった信号を渡っていってしまった。
あっけに取られた祐巳が手を開いてクシャクシャになってしまった紙を開くと、それは…





祐巳はその紙を生徒手帳から取り出すと表示させたサイトの入力枠に自分しか知らない暗号のような英数字を打ち込んで、その画面を開いた。
まだ、数回した見た事のない画面。
それは聖さまにメールする為だけもの。
…だって、文字より声が聞きたいって思ってしまうから。
そんな事を考えて、ちょっと赤くなってしまう頬に手を当てながら文字を打ち込んでいく。

走ってここまで来るまでに、ムカムカは治まってしまっているけれど。
でも聖さまは『後で』教えてくれるって云っていたんだから。

忘れてもらっては困る。






聞きたいことが、たくさんある。

どうして今日来る事を教えておいてくれなかったのか。
…それはきっと、江利子さまが楽しめる為だろうけれど。
あと…姉妹とは。
祥子さまに『妹を作りなさい』と学園祭の後夜祭で云われてから考えていたけれど、真正面からはなかなか向き合っていなかったんじゃないかって。
由乃さんを見ていて、初めてきちんと向き合ってみようと思った。
祥子さまはどう考えているんだろう…機会があれば聞いてみたい。
祐巳を妹として迎えてくれた、お姉さま。
姉妹の形はそれぞれだから、同じなんてのは有り得ないから。

だからこそ、聞いてみたい…聖さまにとって、姉妹とはどういうものなのか…多分答えなんか無いと思うけど、聞いてみたかった。

たくさん、たくさんの聞きたい事。
でもその中で一番聞きたい事…それはあの時、どうして祐巳の手を握ったのか…そしてふいに放したのか。

お姉さまの祥子さまとはまた違う、祐巳の大事な人。
だからその行動のひとつひとつが気になってしまう。

もしかしたら何の意味も無いのかもしれない。
でも…何も無いとは、どうしても思えない。


だから。


祐巳は本文入力欄に文字を打ち込んでいく。


『今晩、どうして来る事教えてくれなかったのかお話聞きますからね!』


それだけを。

あれもこれも聞きたい。
でも、あえてそれだけを。






20050914

…20050915加筆
posted by 松島深冬 at 09:05| ☁| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

ドラキュリア


ホラーじゃないです(笑)
先日書いた『拗れて喚いて、それから?』の聖さまsideです。

なんだか、異様に長くなりまして…
これの本物verを裏に置こうかしら。


では、ドウゾ。sss
posted by 松島深冬 at 09:27| ☁| Comment(6) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月04日

ねがい

またまた携帯打ちの短い話ですが








ずっと、そう感じていた。
ここは、私の居場所じゃない…



「白薔薇さま!」
「のんのん、私日本人〜ロサなんとかなんて名前じゃなくってよ〜?」

未だにそう呼んでくる後輩たちにヒラヒラ手を振りながらそう云う。
私が内心、ムッとしているなんて、きっと気付きもしないんだろう。


「お疲れね」

コーヒーを前に小さく溜息を漏らした私に気付いたカトーさんが文庫本から顔をあげた。

「勤勉を心掛けとして大学生やってるってのにねぇ?」
「あら、そうだったの?」

へぇ、と珍しいものでも見る様に私を見るカトーさんに肩をすくめる。

でもそれ以上は何も云わず、カトーさんはまた本に目を下ろした。
私は、テーブルに突っ伏す。
腕に額を乗せて顔を隠していれば、眠っていると思われて、わざわざ声を掛けようって子も居ないだろう。

ただカトーさんがページを繰る音が時折聞こえる。

お陰で消耗した何かを補充出来そうだ。

あと、少し。
あと少し経てば…

私は予鈴がなるまで、そうしていた。



あとふたつ、授業を終えれば。
私はその時を待ち遠しく思う。

何処にも、私の『場所』が無い気がしていた。
例え生まれ育った家にいても。
両親の側は、いつからか居心地の悪い場所になっていたから。

高等部になって、白薔薇を掲げるお姉さまの妹になって出入りするようになった薔薇の館も最初は居心地の良い場所なんかじゃなかった。

…栞と出会って、栞の側が私の居場所だった。
でもその場所は失われた…自らの過ちによって。

それからの薔薇の館が、ほんの少しだけ居心地が良い場所になっていったのは皮肉なものだと思いつつも、私は蓉子や江利子のお陰もあって、少しずつ自分を居心地の良くない所でも息が出来るようになっていく。
志摩子の存在も、必要不可欠だったんだろう。
鏡のようなあの子を見ながら、私は何かを学べたんだから。

…そして。



「ほら、帰るわよ、佐藤さん。待ち合わせしてるんだから早くしてよ」
「あー、はいはいよー。弓子さん、待ちくたびれてるかもね」

私は鞄を手に立ち上がり、大きく伸びをする。
明日は休み。
今週は大学に来るのもこれで最後だ。

消耗したものを来週の為に充電しなければ、なんて思いながらカトーさんの下宿への道を行く。

「あ」

カトーさんの声に目をあげると、手を振る子。

「待った?」
「いいえ、少し前に来ましたから」

そして、「お招き有難うございます」とペコリ。

揺れるツインテール。
その姿を見ただけで、温かな気持ちが沸き上がる。

「プレゼント、用意しました?」
「もちろん」

私はそう云いながらポケットからリボンを取り出した。
カトーさんには何をするのかお見通しのようで溜息をついている。

「へ?」
「弓子さんには1番のプレゼントだからねーぇ」
「…まぁ、確かにそうなんだけど…あまりにもベタベタよ、佐藤さん」

するりとリボンを巻かれて、祐巳ちゃんが目をぱちぱちする。

そう、この子は周囲を和ませる。
空間を優しいものに変える。

私の、居場所。
この子の側に、私の居場所がある。

「聖さまっ!」

やっと気付いたのか、顔を真っ赤に怒り出す。

ホントに可愛くて仕方が無い。
愛しくて、仕方が無い。


私は祐巳ちゃんの手を握って、先を歩き出したカトーさんの後に続く。

今日は弓子さんの誕生日。
大事なプレゼントの手を握り、大切な子の手を握り歩く。

いつまでも、私のいる場所とこの子のいる場所が同じであれば…それこそ弓子さんくらいの年齢になっても、それが変わらなければいいと思いながら。



20050903

posted by 松島深冬 at 17:16| ☁| Comment(4) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月02日

Lift Me Up

ほんの20分くらいで打ち込んだSSSですが…


では、どうぞ







人を想う事は、簡単な事なんかじゃないんだ。
そんな簡単に、どうにか出来る事じゃないんだ。


私は銀杏並木を歩いていた。
大股で、早足だったから、きっと見る人が見れば、それは颯爽と歩いているように見えるかもしれない。

実際は全く違ったとしても。

そう。
私は颯爽となんか歩いてなんかいない。
私は、逃げていたから。




「私、聖さんが好きなの」

…正直に云う。
この手の事は何度か経験している。
頬染め、苦しそうに、恥ずかしそうに。
女の子が、まっすぐ私を見てそう告げてきた事は。

そしていつも私の言葉は同じ。

「有難う」そして「ごめんね」。

有難う、と云うと期待に目を輝かせ、次にごめんと云えば落胆し、目を潤ませながらもなんでも無いかのように笑む。

…どうして、云えるのだろう。
私を『好きだ』などと。


祐巳ちゃんに「好きだ」と告げた私が何を思っているのかと思いつつ、目の前の名前も覚えていない同級生を見ながら、そんな事を考えた。

――私の事など、何も知らないクセに。


…そんな風に思った瞬間に襲い掛かる自己嫌悪を感じながら、再度「ごめんね、でも有難う」と告げると、私は女の子に背を向けた。

一分一秒も、そこに居たく無かった。

そう、私は勇気を持って私の前に立った女の子から逃げ出すのだ。
いつも。



私は銀杏並木を歩いていた。
大股で、早足だったから、きっと見る人が見れば、それは颯爽と歩いているように見えるかもしれない。

実際は全く違ったとしても。

銀杏並木を歩きながら、私はどうにもならない気持ちに打ちのめされる。

未だに変わってなどいない、醒めた自分に。
志摩子と出会って、そして祐巳ちゃんに出会って、ゆっくりと、まるで氷を溶かしていくように頑なだった私の心は溶かされた。

だけど…奥の奥は…未だにガチガチに凍り付いたままなのかもしれない。

…私は、変われないのかもしれない。


「…祐巳ちゃん」


今、本当に君に逢いたい。
そして笑ってほしい。

そして…



私はそこまで考えて、苦く笑う。
寄り掛かって、頼って。
そしてどうするつもりなのか。

そんなんじゃ、駄目だ。



私は、俯き加減の顔をクッとあげて空を仰ぐ。

『自分』に、負ける訳にはいかないんだから。



20050902

posted by 松島深冬 at 13:37| ☁| Comment(0) | マリア様がみてる SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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